SSブログ

ぼくは、こう考え、いまを生きる。(ver.2011/08/30)


女将は無事卒業したようです、たぶん。


今のところ、なんの文句も言ってきません。


ほっ



ぼくの、眼からの漏水も収まりだした。



おし。


前へ、進もう。




でも、


そのためにもう一度、


今、ぼくらが置かれている立ち位置を再確認したい。


そう思って、


古いブログ記事を読み直した。




3.11以後、ぼくたちがどのように考え、


被爆を避けようとし、


お客さまがたに被爆をさせないですむか、


そういうことが書いてあったので、


それらをピックアップしてみた。



ここ1年と10ヶ月以上、


何度も黒森庵を休業し、


女将の看病・介護を中心に生きてきたので、


これからどうやって生きてゆこうか、


そんなことも、


これから、少しずつ書いてゆこうと思います。



お時間がおありのときにでも、


お読みいただければと思います。



5ヶ月以上たった今も、

原発事故が終息に向かっているという情報は、

まだ、一度も聞いたことがない。

今でも放射性物質は大気中そして地下水へと流出していると想像する(しかないから)。




さらなる大余震でも起きたとしたら、

そして倒壊しかかっている4号機に、もしもなにかが起きたら、

あるいは、東海地震、東南海、あるいは南海地震が連動し、

浜岡原発にもしもなにかあったりしたら、

などと考えると、

3.11と今と、

危機感としては、

なにも変わっていないと痛感している。

(ただ、現在の東京の数値は、当時と比べてずいぶん低くはなっています)




つい最近になって、このようなシミュレーション動画が発表された


想像していたとはいえ、ああ。



こういう図もある。(@nnistarさんからお借りしました)


110618nnistars.jpg
07032siPhoto.jpg


本日8月30日、文部科学省から新たな発表があった。

航空機モニタリングの測定結果について



これで分るように、福島だけでなく、

首都圏まで、いや、

さらに遠くまで広範囲に汚染された様がよくわかる。




首都圏に住むぼくらも、ほぼまちがいなく被曝した。

そして、ホットスポットもある。



ちなみに福島の現状をまとめたツイッターがあった。

首都圏との温度差に注目。

原発から80キロ辺り(中通り南部 )の現状。


武田邦彦教授は以下のように記している(単位 mSv/yです)。

1年の推定被曝量は、
1) 3月に東京にいてマスクをしていなかった人: 2.6ミリ
2) 3月に東京にいてマスクをしていた人:    0.7ミリ
3) 3月に東京から避難していた人:       0.6ミリ



3月に起きた福島原発事故による全国の放射能汚染グラフ。(早野龍五さんからお借りしました)


早野グラフ.jpg

3月15日と、3月21日に大きなピークがあるのが分る。

この時放出された放射性物質が、

風、そして21日は雨との相乗効果で首都圏までしっかりと汚染されたといわれている。



こうした事故が二度と起きないという保証がない中、

ぼくらは現在を生きている。



これからをどう生きてゆくか。



どうかこの動画をごらんください。

(最初に見つけたURLは、すでに削除されました2011/8/31)


ドイツZDF-Frontal21 福島原発事故、その後

(削除されまくっているようです。こちらも



では次に、こちらを。(三重大学 生物資源学部 准教授 勝川俊雄さんのブログです)


核実験時代と311後の魚の汚染を比較してみた

3.11以後のセシウムの数値が、まさに桁違いだ。



ぼくら50~60台より年配の人間は、

もういいでしょう、なにを食べても。



でも、赤ちゃん、幼児、小学生、中学生、高校生、大学生くらいまでは、

どうか、食べ物・水には気をつけてほしい。


母乳保育を続けているお母さんたちも、ね、くれぐれも。




ぼくはいま、とてもこの国に危機感を持っている。


怖いといったほうが正確かもしれない。


子どもたちの被曝量年間20mSvを「安全です」と言い切った、この国に。




しつこいと思われるかもしれないが、

ぼくは食の安全を考え続け、

そして、安全な食材を確保できることがもし分ったなら、

きっと黒森庵を再開すると思う。



でも、子どもたちに20mSvを押し付けた国の発表で、

安全を確保できるのか?



ぼくは疑り深いので、それはないと思っている。



今までにぼくたちは何度、


「安心してください」

「安全です」

「ただちに健康へ影響はありません」


といわれただろうか。



だからぼくは、

食品の放射性物質の測定器を購入しようと思った。



ところが、入手が難しい。

今回の福島原発事故で、

世界的に供給不足だと聞く。



でも、そうだとすると、

民間で独自に測定できる機器が入手できないとすると、

国の発表を信じるしかない、必然的に。



そこまでは考えたくもないが、

そうなったら、

再び、

「安心してください」

「だいじょうぶです」

「ただちに影響が出ることはありません」

という連呼になり、

ほんとうにこの国は終わると思う。



だから、ぼくは今、

食品の測定器が、どうしても欲しい。

そして、水は、

業務用の大型のRO(逆浸透膜)浄水器をつけよう。



それが出来ないとしたら、

黒森庵の再会は、場合によっては数十年後かもしれない(セシウムの半減期ですね)。

そしてその時は、ぼくはもうこの世を「卒業」しているかもしれない。



3.11以前だったら、

黒森庵の食材の判定基準は、

国産、自然農法、無農薬、低農薬、有機栽培、圃場、生産者の人柄、

そういったことだった。



それが今では、

化学肥料を使っていようが、

外国産だろうが、

それはたいへんありがたかったりする。



でも、それは本来の姿じゃない。


地産地消が、いい。


ガソリンを使って、九州の商品が北海道に行かなくてもいいじゃないか。


飛行機・船で輸入しなくたって、いいじゃないか。


珍味を食べなくたって、いいじゃないか。




食の安全を確保しつつ、


黒森庵の再開を摸索しつつ、


一歩一歩でも、前へ進んでゆきたい。



ぼくは、こう考えて、いまを生きている。




では、再掲記事たちです。




3月11日の、ツール・ド・築地、そして。


黒森庵、地震のために数日間休業いたします。


本日の、営業を中止いたします。


3月23日も、右往左往の黒森庵は、臨時休業いたします。


311以降、思うこと、感じること。


3月26日の、右往左往。


ぼくは、こう考えて、黒森庵を休止した。




3月10日に食べた、寿司。

休日初日のブレックファーストと、ブランチと、ディナー。




あっけらかんと、おいしく食べてたなぁ。


産地が書いてない魚も、いっぱいあったなぁ。



ぼくの孫たちが(まだひとりもいないけど)、


笑顔で元気に過ごせるように、


その日まで、できる限り生きて、


がんばるよ、


女将。


三女の、パン.jpg
三女のパン、女将に肉薄中。




nice!(0) 

nice! 0