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つらつらと、考えている。



「売る」とか

「買う」とか

そういう行為が

「なんか違う」と

感じながら生きて早、ん十年。




蕎麦屋をやってみたけど

たしかに蕎麦を打つのは

簡単ではないけど

でも、誰でも

「やろう」と思えば、打てる。



頭を入れ替えて

水回しとか、延しとか、包丁仕事とか

そういう作業を吹っ飛ばして

「キタッラ」という道具を使えば

たぶん、だれでも蕎麦は打てる。



そしたら

「蕎麦屋」へ行かなくても

自分ちでおいしい蕎麦が食べられる。



ただし

おいしい蕎麦、十割蕎麦、となると

どういう原材料なのか

どういう製粉なのか

どういうもり汁なのか

どういうかけ汁なのか

どういう蕎麦が食べたいのか

とか、そういうことが大事になってくる。



そこが、線引きなんだな。



どうしたら、おいしいのか、と思うのか。


あるいは

このくらいで、いいや、と思うのか。



興味、ていうか

好奇心、ていうか

それがどれくらい、あるのか。



他人に大部分を任せるのか。


大部分を自分で賄うのか。



これからの時代って

なにか、大きく

別れるような気配。



買って満足、か。



作って満足、か。



仕事、って?



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