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No Boundary、無境界。



炒り大豆+黒豆煎餅主食の時期が終わり

次はどういう食生活になるのかと

ある種の期待を抱きながら

身体に聴いてみたら。



それは菜食だった。



かといって

まったく肉っ気がないわけじゃなく

少量だけど動物性たんぱく質が入ってる。



ある日のブランチは


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サラダと、チーズトースト。



ある日の晩ご飯は
(一日一小食だから、ね)


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スーパーで鶏皮、めずらしい。


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カリカリ鶏皮とブロッコリー炒め。



ある日は


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無限ピーマン。



ある日は


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ミネストローネ。



ある日は


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湯豆腐。



やっぱりこういう食事って

体調的に、すこぶるいい・・・


・・・のかといいうとそうでもなく

胃腸的には炒り大豆+煎餅に軍配があがる。



なんで?



袋菓子の勝ち?



いったい、どういうこと?



かといって

それじゃ、また

大豆+煎餅に戻りたいかといえば

身体は「それは違う」という。



何回か試してみたけど

以前のようにパリパリポリポリと

「食べておいしい!」

「いつまでもこのままでいい!」

ていうような感動が、ない。



ていうか

じつはそれ以前に

まったくお腹が空かない

そんな状態が続いているのだ。



おいしいものを食べれば

無論それはおいしいと認識するけど

べつに食べても食べなくても

どっちでもいい、そんな状態なんだ。



でもね、ぼく的には


「他からの命をいただいて、ぼくが生きている」


そんな感覚が常にあるので

命をいただくからには

せめて最高においしくいただきたい。


いただくことを

最高の喜びに変換したい。


それを感じないまま食するのは

命をいただく相手に対して

申し訳ない気がしていたんだけど。



だから、こんな感覚、初めてなんだ。



そういえば。



超夢も、ものすごくなっていて。



寝床に横になって

眠りに落ちる前から

すでに超夢が始まり出している。



「あ、眠りに落ちそうだ」

と感じたらもう

あっちでの世界が始まっている。



夢をコントロールできる感覚が

うっすらと

芽生えてきてるような感じもある。



超夢から覚めたら覚めたで

今自分がどっちにいるのかが

即座に判断ができない、そんな感じかな。



言葉に表現するのが

極めて難しい状況なんだけど

「こっち」と「あっち」の境界が

ぐずぐずに曖昧になってきてる感じで

どっちの世界でも、ぼくは生き続けてるんだ。



最新の超夢では

現世の「世界」が壊れ

新たな「世界」に移行し

その「新たな都市」を見た。



それはそれは、素晴らしい世界だった。



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