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1968年に、タイム・スリップを、します。 [こころのなかの、こんくらい]



うちには、いくつか、

使えなくなった「もの」たちが、いる。



使えないのだけど、どうしても捨てる気になれないので、

今でも持っている。


今日は、そのひとつをお見せします。


といっても、値打ちもん、とか、

お宝、とか、そういうものじゃありません。


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おわかりですか?

これは、SONYが1968年に作った、

当時「世界最小」だったテープレコーダー、SONY TC-50です。

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ここにも書かれているように、

アポロ7号で使われたことでも有名になったものだ。

ウォークマンの元、といってもいいかもしれない。



当時中学生のぼくが、一番惹かれたのは、底のデザインだった。

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蓋を取ると、バッテリーボックスが。
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(電池を入れたら、モーターは生きていました。ベルトを交換すれば動く鴨)



亡くなった父は俳優をしていたが、

彼の鞄には、いつもこれが入っていた。

父の台詞覚えの「相棒」が、このカセットテープ・レコーダーだった。



父は、SONYの製品が好きだった。

ラジオはもとより、テレビ、ビデオ、などなど、

新しい製品が出ると、ほどなくして我が家にあった。



それらの製品は、ほかの日本の家電メーカーとは一線を画す、

斬新なデザインだった。



そのころは、ぼくはもうデザイナーになる夢をもっていたが、

後々、まさかSONYの「デザインをする側」になるなんて。



Mr.ウォークマンと呼ばれた、黒木靖夫さんの元で働けたことは、

ぼくにとっては、ほんとうに幸運だった。


盛田昭夫さん、伊深大さん、そして黒木靖夫さん。

この黄金のトライアングルのような関係から、

すばらしい製品が次々と生まれてゆくのを、

自分の、この目で、目撃できた。

それは、スリリングで、エキサイティングだった。



中学生当時のぼくは、

このテープレコーダーを手にして、

「ああ、日本にもこんなにきれいで、しっかりした製品がある」

と、自分が作ったわけでもないのに、

胸を張りたい気持ちが湧いたことを覚えている。


このテープレコーダーを作った、

まさにそのご本人たちと会え、

しかもいっしょに仕事をさせていただけた。


世の中、ほんとにわからない。





きれいなデザインだな、

きちんと作られていたんだな、

というだけで、

父が亡くなった後もずっと持ち続けてきた。

そして今も。



こういうものを見ていると、

がんばろう、

という気持ちにもなれるからです。